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M&Aレポート

精密板金業のM&A事例分析

2021.6.22

  • 製造

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2019年後半より米中貿易摩擦に代表される保護貿易主義的な動きの台頭や、急激な気候変動や自然災害、そして何より新型コロナウイルス感染症の感染拡大等により、我が国の製造業を取り巻く環境はかつてない規模と速度で急変しています。

企業は、このような経営環境が大きく変化するタイミングで自社リソースを再配分し、今後大きな成長が見込まれる分野へ投資を開始することが多く、その再配分の手段としてM&A(合併・買収)が有効的に活用されています。

中堅・中小精密板金業界の抱える経営課題

我が国のGDPの2割を占めている製造業、また、全国に約2万社存在する中堅・中小製造業の代表的業種である精密板金業界においても、M&Aによる業界再編の機運は高まっています。その理由について、まずは中堅・中小の精密板金企業が抱えている二つの経営課題について考える必要があります。

① 既存得意先への依存体質

精密板金業界に限らず、中堅・中小製造業の企業の大半は、既存の特定得意先への強いの依存体質があります。過去のリーマンショックや今回のコロナ禍での経験から、不況時のリスク分散の必要性を感じておられる経営者も少なくはありませんが、新規取引先開拓のための積極的な営業活動が難しく、結果として得意先の景況感の影響を大きく受けています。

② 継続した技術革新の必要性

精密板金業界は、日進月歩で目覚ましい技術革新が続いている業界です。数十年前には、1mm程度で許容された精度は、0.2mm以下の精度が一般的となり、現在では0.1mm以下の精度も要求されています。
また、対応する板厚や材質にも幅が出てきており、昔の機械設備では対応できないため最新機械の導入など継続した設備投資の必要性が生じるので、積極的に設備投資を行った企業とそうでない企業に圧倒的な差が出てきます。

近い将来、製造コストの低減ための工場のDX化、自動化なども考えなければ海外企業も含めた同業他社との差別化を図ることができず、次第にマーケットの要求コストに対応できなくなっていく可能性も考えられます。

精密板金業のM&A事例分析

表1は2010年以降、国内企業同士(IN-IN)で実施された精密板金業のM&Aの実績(ファンドによる買収を除く)です。先に述べた経営課題を踏まえて、これらのデータに基づいた精密板金業のM&A事例について考察していきます。

出典:レコフM&Aデータベースより形態、企業名、所在地を引用し日本M&Aセンターが作成

2010年以降、国内精密板金業のM&Aで公表されているものは24件。また、各社から公表されているリリース内容に基づいて、会社毎にM&Aの実施目的を整理したところ、精密板金業のM&Aで得られる事業シナジーは下記5つに大別されることが分かります。

1. 工程補完

精密板金の製造工程は、大きく分解すると、設計→加工(切断、曲げなど)→溶接→塗装→組立という一連の工程から成り立ちますが、この全工程を自社単独で一貫対応している会社はあまり多くありません。

殆どの企業では、一部工程(加工と溶接など)のみを自社で対応しているか、もしくは得意先からの受注時には一貫で請け負うものの、自社で対応できない工程を外部に依頼しているケースが殆どです。

M&Aによって、これまでは外注していた工程も、相手企業のリソースを使ってグループ内で完結させることで、単純に外注コストを削減できるだけではなくリードタイムの短縮や品質の改善など副次的なメリットも享受できるようになります。結果として、顧客満足度を高め、新たな受注へと繋げられる可能性が高くなります。

2. 技術補完

技術補完は、同業企業同士であっても得意としている技術分野が異なる場合、相手企業の保有する技術の補完を目的としてM&Aが実施されるパターンです。例えば、「一品物の加工や試作品製造」を得意とする譲受企業と、「量産部品の加工」を得意とする譲渡企業がM&Aで手を組むイメージです。

上記のケースでは、譲受企業も譲渡企業も同業とはいえビジネスモデルが全く異なるため、段取りの低下を懸念して自社単独では相手企業の加工領域には手を出しづらい現実があります。しかし、両社で生産の分業体制を整えることができれば、これまで自社で断っていた受注も相手企業に依頼することができるため、両社において更なる受注拡大を目論むことができます。

3. 商流補完

金属材料を取り扱っている専門商社が、顧客への提案力や商材の付加価値を高める事を目的に製造機能を取り入れるM&Aが商流補完です。商流補完は、譲渡企業にとってもメリットが大きく、相手企業のリソースをフル活用することで、これまで自社単独では開拓が難しかった新たな販路をM&Aによって獲得することが可能となります。

4.事業多角化

精密板金業と関連する業種の多くの企業が、自社の事業ポートフォリオを拡充し、事業基盤を強化する目的としてM&Aを実施しています。例えば、機械加工やプレス加工専門の企業が、対応できる金属加工の裾野を広げることを目的に、精密板金会社を譲り受けるといった形のM&Aがこちらのケースに当てはまります。

5. 地域補完

譲渡企業と譲受企業が、お互いに製造拠点を確保することを狙いとしてM&Aを実施するケースもあります。例えば、譲受企業は近畿に本社工場があるものの、九州に取引先が増えているので、近畿からの配送コストの低減を目論みたい意向がある場合のM&Aが地域補完にあたります。

この場合、九州の同業会社を譲り受けることで九州の顧客からの受注を譲渡企業にて対応してもらい、譲渡企業にとっても譲受企業の近畿工場へ任せる事でコストを下げられるものはそちらへ任せればよいため、両社にとって、配送コスト削減、リードタイムの短縮、得意先や売上の増加の可能性が高まります。

近隣地域でのM&Aが多い理由

また表1からは、譲渡企業と譲受企業の所在地からも興味深いデータを得られることができます。両社が同じ所在地でのM&Aが全体の約半数を占めており、更に隣接県(東京都と神奈川県等)での実施まで含めれば、その数は全体の75%にまで上ります。

なぜ、精密板金業のM&Aは近隣地域で実施されることが多いのでしょうか?

精密板金業に限った理由ではありませんが、1つはすぐに相手企業へ向かうことができる距離にあることで、管理面が容易であるという理由に間違いないでしょう。ただ、その他にも精密板金ならではの2つの理由があると考えられます。

まず、1つ目の理由は、製品のデリバリーコストです。先述した工程補完のケースで例を挙げれば、自社で加工を施した後、グループ企業で塗装を依頼するにしても、板金製品、特に筐体(制御盤や産業機械部品など)の移動では、多くの場合で筐体サイズが大きくなります。また、ワークに傷がつかないように入念に梱包した上で、ワーク同士がぶつからないように相応のスペースを確保して配送する必要もあります。
言い換えるならば、ワークの配送の際には、一部は空気を運んでいることにもなり、遠距離になればなるほど、配送コストがネックとなり利益を上げづらくなります。

2つ目は、近隣企業であるが故に、自社と近い品質や加工精度を担保できるという理由です。ひとえに精密板金といっても、企業によって対応できる素材(鉄鋼材料や非鉄鋼材料等)や板の厚さ、保有している設備、作業者の熟練度などは千差万別であり、製品の加工速度、寸法の加工精度など対応できる幅が異なってきます。その要因の一つとして、自社の得意先(もしくは、その先のエンドユーザー)に起因する部分もあるのではないでしょうか。

周知のように、中部地方では自動車部品関連の企業が多く、甲信越地方では精密機械産業が盛んであるといったように、その地域に根ざした基幹産業というものが存在します。得意先から要求される品質・要求精度などはその地域に根ざした産業の業種特性に少なからず依存することから、近隣地域で地元に根ざした産業や得意先に関わっている企業であることで、自社と同等品質の製品を製造できる期待値を上げることができます。

おわりに

先程述べた5つのシナジーは、中堅・中小精密板金が抱える経営課題の解決策となり、譲渡企業と譲受企業の双方が、M&Aによってメリットを享受できるという点にお気づきいただけましたでしょうか。

昨今、譲渡企業の経営者が当社へ譲渡相談をいただく際に、自社の事業承継問題の解決策としての相談だけでなく、自社や業界の先行き不安を打破するため、他社と手を組み、強みは伸ばし、弱みは補い合うことで、グループ一丸で永続的な発展を目論んでいきたいという成長戦略としてのM&Aのご相談も多くいただきます。

成長戦略として自社にとって良いお相手先を本当に見つけられるのかどうかを確認するため、当社のドアを叩かれるケースが非常に増えてきています。
 
本稿は、コロナウイルスに起因した三度目の緊急事態宣言の真っ只中に執筆しています。今回のコロナショックのように、予期せぬ形で経営環境が大きく変化するタイミングは今後も幾度となく訪れるでしょう。

このようなタイミングだからこそ、今一度、自社の成長戦略について見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

コンサルタント紹介

業界再編部 製造業界支援室 M&Aアドバイザー 藤川 祐喜 
大阪府出身。大阪府立大学大学院工学研究科修了後、キーエンスで大手自動車メーカーや装置メーカーに対して工場の生産ライン改善のコンサルティング営業に10年間従事し、日本M&Aセンターへ入社。現在は製造業M&Aの専任担当として、全国の中堅・中小企業の支援に取り組んでいる。