コラム

二次請け以下のソフトウェア企業は、いまこそM&Aを! ~業界や技術者の未来を明るくする志高きM&A戦略~

瀬谷 祐介

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 部長

業界別M&A
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ITソフトウェア業界における2020年度のM&A件数は1097件。国内40業種の分類の中で、最もM&Aが活発に行われています。一括りにITソフトウェア業界といっても業態は幅広く、技術者派遣から、自社パッケージの開発販売、ネットサービス、Ai関連のスタートアップ企業まで様々です。
その中でも、国内で一番企業数が多く、また当社のITチームに最もM&Aの相談が多く、かつ実際にM&Aの成約実績が多い業態は、受託開発ソフトウェアの企業です。

受託開発ソフトウェアの業界はSIer業界とも言われますが、業界の構造は土木・建設業界や自動車業界と同様に多重下請けのピラミッド構造になっています。(図1)
今回はこの多重下請構造が、同業界内のM&Aや業界再編の大きな要因の一つとなっている理由についてお話をさせていただきます。

多重下請構造が生まれる2つの理由

(図1:SIer業界の多重下請構造  日本M&Aセンターにて独自に作成)

日本の雇用流動性の低さ

よくIT技術者の所属について、日本と欧米を比較し、日本のIT技術者は7割がIT企業に所属しユーザー企業への所属はわずか3割程であるのに対し、欧米の場合はその所属比率が逆であると言われています(図2)。

この違いも雇用流動性の低さによるものだと考えられますが、日本の雇用制度では一度正社員として雇用した場合そう簡単に解雇することはできません。企業のシステム開発のように、ある一定の時期に多くの技術者が必要となる場合、経常的な固定費を抑えるためにも外注を使わざるをえません。そのため、正社員技術者は一定数に抑え外注を雇用の調整弁として使っているのです。
(図2:日本と欧米企業のIT技術者の所属について
出典:独立行政法人情報処理推進機構「IT人材白書2017」より)

国内ユーザー企業のIT投資への理解度の低さ

多重下請け構造が生まれるもう一つの要因は、システムを利用するユーザー企業のIT投資への理解度の低さがあると考えられます。企業としてIT投資に理解がないと、情報システム部門の社内での地位が低くなってしまい、優秀な人材の雇用や配置もされなくなります。そうすると、システムを利用する各事業部門との調整がうまくできず、またSI事業者との取引も主導権を持って行えず丸投げすることになり、そのような仕事に最適化するため、上記①の理由も相まって、多重下請け構造が助長されている側面は否めません。

これらの結果として多重下請のピラピッド構造が出来上がっておりますが、官公庁や銀行系の巨大システム開発に対応するためには必要な仕組みでもあり、必要悪とも言えるかもしれません。

多重下請構造の3つの問題点

日本のSIer業界は上記理由により多重下請構造となっており、その多くは、二次請け・三次請け等の階層に位置する中堅・中小企業となっています。
当社には、そうした中堅・中小企業のオーナー様から、経営について多くのご相談を頂きますが、皆さまが感じている業界の問題点や経営課題について整理してみましょう。

階層が下になるほど「低賃金」になる

多重下請構造の下層で働く技術者の対価は、必然的に低くなってしまいます。派遣事業を行う企業は、マージン率を公開することが労働者派遣法で義務付けられておりますが、このマージン率は中小企業の多くでは30~40%程になっているかと思います。

例えばユーザー企業が1人月100万円で元請企業と契約した場合、仮にマージン率を35%とすると、単純計算で二次請企業へは65万円、三次請企業は42万円で発注となります。
実際には下層になればなるほど付加価値の上乗せは出来辛くなり、「右から左へ流すだけ」となり、マージン率は下がりますので、ここまで極端ではないと思いますが、やはり四次請け、五次請けと階層が深くなるほど、人月単価も低くなり、当然その企業で働く技術者の賃金も低くなってしまいます。

能力と賃金が連動しない「歪み」が生まれる

多重下請構造は一種の垂直分業であり、その階層毎に能力と賃金が連動し、階層と能力と賃金が役割に応じて適正に固定化されていれば問題はありません。
しかし、実際は能力の高い人材が下層の企業で働くことにより低賃金となっていたり、逆に能力の低い人材が上層の企業で高い賃金を得ていたりという歪みが生まれています。

また、どんなに素晴らしい設計ができる人材でも下層の企業ではその能力を発揮する機会に恵まれず、また良質なプログラムをスピーディーに組める人材も階層によっては正当な評価(対価)が得られないという構造になってしまっています。
つまり、個人の能力ではなく、所属会社の下請け階層で賃金が決まってしまう業界構造になっているという実態があります。

付加価値を提供していない

多重下請のピラミッド構造は、ITや建設業界に限らず自動車や電機メーカーなど様々な業界で見られる垂直分業で、それ自体が悪いわけではありません。問題なのは、各層の企業が相応の役割を果たして全体最適となるべきなのですが、「丸投げ」や「二重派遣」のように自社で付加価値を付けずにこのピラミッド構造の一角に巣食い、安住する企業が多いことです。こうした付加価値を提供しない企業が多いほど、業界の生産性は低くなり、働く技術者や業界の地位も向上されません。

多重下請構造から脱却し、企業を成長・変革するためにM&Aを決断

上記の3つは、当社にご相談され、M&Aを決断されるIT企業経営者の方が話される、業界の主要な問題点です。

受託開発ソフトウェア企業は、大きな設備投資は必要とせず人材が資産ですので、一緒にやってくれる技術者がいれば比較的簡単に起業ができます。最初から優れたビジネスモデルや製品・サービスを持ってスタートできる企業は少なく、多くの創業者は多重下請ピラミッド構造の下層から下積みの苦労を覚悟に創業されます。
しかし、そうした環境に甘んじ、下請けであることに慣れ、安住することなく、起業時の目的や変革へのチャレンジ精神を忘れず、日々多様な情報を仕入れ、経営戦略を考え、経営努力を続けられる経営者の方々が少なからずいらっしゃいます。
そして、自社を成長・変革させ、こうした業界構造から脱却するための一つの手段として、M&Aを積極的に考え当社に相談に来られるのです。

そうした経営者の方々が、考えられる戦略は大きく2つです。

二次請け以下のソフトウェア企業が考える2つの戦略

戦略1:ピラミッド上層へ位置するゼネコンを目指す。

社員を増やし育成し、技術力やプロジェクト管理力、品質管理ノウハウ、業務知識を高め、自社の強みを作り、コンサル力、営業力も強化。より上層でビジネスを行える企業に脱却する。エンドユーザーとの交渉を一手に引き受け、プロジェクトを成功させる責任とリスクを抱えられる企業となる。

そのために、エンドユーザーと直取引を行う企業とのM&Aを検討。

戦略2:ピラミッド構造の外側に出る

受託開発ピラミッドの外側で勝負できるビジネスモデルを確立する。特定の業界や分野に特化したプロダクトやサービスの保有を目指す。最近はAIやIoT、VRやロボット等の新技術に活路を見出す事例も増えています。

そのために、独自技術や自社製品、サービスを持つ企業とのM&Aを検討。
また異業種とのM&Aを実行する事例も。

上記戦略を実行するために、とれる手段は決して買収だけはありません。
上記のような企業に株式を譲渡することにより、戦略的にグループ化されることを決断されるオーナーも多くいらっしゃいます。
オーナーからすると、資本(株式)を買うのか、売るのかの違いはありますが、一企業からすると、「一社では実現出来ないことを、一緒に手を組むことで実現出来るようにする」という観点では、同じ結果が得られます。

将来に渡って、生産年齢人口の減少と同時に、デジタル化が進む日本において、企業数の減少と生産性の向上は、避けられない道筋です。ユーザー企業同士の統合、再編も進むでしょう。あわせてクラウド化や、ユーザー企業の開発内製化も進展することが見込まれ、従来型の受託開発案件の減少は免れないという事実があります。
そうした中、一企業のオーナーとして、業界や日本の未来を見据えた結果、「買う」、「売る」という次元ではなく、同じ業界の企業同士が手を組み、業界を変えていくという志を持って、M&Aを検討されるオーナーが今後も更に増えてくることを願っています。

著者

瀬谷 祐介

瀬谷せや 祐介ゆうすけ

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 部長

外資系金融機関を経て、日本M&Aセンターに入社。業界再編部の立ち上げメンバーであり、2012年から、調剤薬局業界・IT業界を中心に、中小零細企業から、上場企業まで数多くの友好的なM&A、事業承継を実現している。これまで主担当として70件以上を成約に導いており、国内有数のM&Aプレイヤーの1人である。顧客満足度評価は、日本M&Aセンターのコンサルタント約500名中1位。

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