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M&Aレポート

譲渡オーナーとの語らい Vol.11
誠和運輸株式会社(大阪府・一般貨物自動車運送業)

2021.9.15

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大阪府で食品配送を手掛ける誠和運輸様と岡山県で同じく食品配送を手掛けるまことサービス様が2020年7月に資本提携をしました。後継者不在、オーナーの高齢化、人材不足で悩む誠和運輸様と関西に進出をしようと考えていたまことサービス様の両者のニーズが合致し提携に至りました。譲渡後1年が過ぎ、PMIの様子などを含めて当時の想いや感想などを誠和運輸の高須賀様にお伺いしました。

黒字・財務優良、それでも悩む事業承継

(山本) M&Aを実行されてから1年程経ち、誠和運輸様の看板にもまことサービス様のロゴが入るなど、変化の多い1年だったかと思います。今回はM&Aの検討から実行、その後の1年についてお話を伺いたいと思います。

まずは、事業承継を考えたきっかけや経緯についてお聞かせ頂けますでしょうか?

(高須賀様) 事業承継を考えたきっかけは人材不足でした。募集をかけても全く応募のない状態が続いておりました。昔からいるドライバーは体力が持つ間は続けてくださっていましたが、だんだんと高齢化が進み減っていきました。お客様は長い付き合いの先も多く、安定していたのですが、ドライバー不足の為、庸車比率が上がっていっていました。

もう一つは、時代の流れの速さについていけない、と思ったことです。国の規制もですが、特に、電子化やシステム化といった流れに追いついていくのが難しくなっていました。
電子化・システム化に対応するために費用をかける規模の会社でもないですし、そこから生まれる利益がない限りは、お金をかけていくという決断は難しいものです。

社内で、経営に携わりたいという者や、現場能力はあるものの会社を任せられるほど経営能力が高い者はおりませんでした。「20年・30年と続いてきた会社の命を絶つのは忍びない。どういった形であれ、生き残らせてあげたい」と思っていましたが、最悪の場合70歳くらいで事業を閉じるということも考えていました。

自身の会社がM&Aの対象になるとは思っていなかった

(山本) 事業を閉じることも視野に入れながら、継続をしていくことを基本路線でお考えになっていたと思います。M&Aについては事業承継の手段として最初からお考えになっていたのでしょうか?

(高須賀様) M&Aというものについては、実のところあまりよくわかっていませんでした。大きな資本のある会社が、小さいところを買う。会社の価値を査定して、ある程度の値段が付けば売る、という様なイメージでした。一方で、手段の一つとしては考えていました。DMがたくさん送られてきていましたが、インターネットで調べたりするにとどまっていました。動くきっかけになったのは、日本M&Aセンターさんのセミナーです。「試しに行って聞いてみよう。」と参加をしました。

三宅社長が登壇されておりまして、お人柄に惹かれましたし、「なるほどな・・」と思うこともたくさんありました。参加した際に頂いた本も熟読しました。
セミナー後は具体的に考えはじめました。まずはすぐに山本さんへ「詳しく話を聞きたい」と連絡を入れました。
私の要望としては、会社の存続、従業員の継続雇用、事業所も今と同じ場所、の3点でした。この3点を叶えられるということでしたので、話を進めていくことに決めました。

(山本) まことサービス様の矢吹社長の第一印象はいかがでしたでしょうか?また、矢吹社長とはTOP面談、DD、成約式とおそらく3回ほどしかお会いしていなかったかと思うのですが、不安になることやマリッジブルーみたいなものは感じましたでしょうか?

(高須賀様)  矢吹社長の第一印象は、「若い」でした。あとは物静かな方なのかな、と感じました。10年で2億から11億の会社を作り上げていった方なので、行動力のある方なのだろうと思いました。
不安やマリッジブルーといった気持ちには全くなりませんでした。
当初からの要望である、会社の存続、従業員の継続雇用、事業所も今と同じ場所という3点を踏まえた上でエリアを広げていこうとしている岡山の会社として紹介を受け、直観で「良いな」と思いました。自分の直感を信じて、決めたことを進めていく。悩んだら解決できることではありません。自分の気持ちの問題ですので。それによって何かが起これば、行動を起こすだけ、自分の責任の範囲内で責任を取っていくことになることは理解しておりました。しかしそれが不安だとか、やはり譲渡するのをやめようかといった気持ちになることは全くありませんでした。

矢吹社長とはやり方や考え方は違う部分もあるが、それがいい!

(山本) M&Aを実行されてから1年経ちますが、社内や、取引先様など、どのように変化がございましたか?

(高須賀様) 社内は、昔からも活気がありましたがこの一年で更に活気づきました。特に管理側の雰囲気にそう感じます。矢吹社長が、毎週のように大阪に来てくださり、そのたび従業員とのコミュニケーションをしっかりとってくださいました。毎度従業員に様々な課題を出すので、本人たちもそれに応えようとやる気になって頑張ってくれています。
それから一番大きな変化は、募集をかけて人が来るようになったことです。今までは紙媒体だったものを、矢吹社長のお知恵を借りながらホームページを新しく作り、そこで募集をかけたところ、若い方もベテランの方も、たくさんの人がきてくれています。30代のドライバーも来るようになりました。「募集の仕方一つでこんなに違うのか・・」と目からウロコでした。新型コロナウィルス感染拡大の影響か、未経験の方もたくさん来て下さっています。今は庸車がなくなるほどに人数も増えました。
社内の制度や、事故に対する教育についても色々と変化がありました。事故は、各自の意識の問題ですので、意識が育ってほしいと思います。今までの自分のやり方と矢吹社長とは違いますが、逆にそれがいいと感じました。今後の従業員の成長が楽しみのひとつです。

取引先や得意先に開示をしてからは、特に言われたことはありません。代表変わります、ということを説明した際も、皆様、違和感なく納得頂けましたし、うまく引き継ぎができたと思っています。M&Aを実行して1年経ちますが後悔は何もありません。会社を引き継ぎ、矢吹社長や従業員が一生懸命やってくださっておりますので、自分にできることは精一杯やろうと思っています。これは何事もそうだと思っていまして、私はずっとそうやって生きてきています。だから何をやっても「後悔しない。後悔してもしゃーない。」決断はすべて自分がすることです。

これから人生の第3幕

(山本) M&Aを進めるにあたって、当社へこうしてほしかったということや、もっとこうしたらいいのではないか、と思うことがあれば教えて頂けますか?

(高須賀様) 特に、、思いつきません・・(笑)
矢吹社長との相性が良かったのかもしれません。その点については良い譲受け先を紹介くださいましたし感謝しています。
日本M&Aセンターさんにこうしてほしいということよりも、私自身、段階的に後継者を育てていくべきだったかな、と思うことはありました。今となってはM&Aをして良かったと思っていますが。勝手に育つと思っていました。60になってから事業を譲れる対象になる人物が社内に育っていないこと、私自身も育ててこなかったことに気づきましたが、遅かったと感じています。

(山本) 今後、近いうちに完全引退ともなるかと思うのですがその後の計画はございますか?高須賀様は多趣味でいらっしゃるので、近況も含めてお聞かせ頂ければと思います。

(高須賀様) 最近はクレー射撃の訓練をしています。マスターズに出るのが今の目標ですが、ゆくゆくは国体に出たいと思っています。国体に出ている選手は、みな25歳や30歳と若い方が中心ですが、私は75歳で国体に出たいと考えています。
今までは、何かのきっかけで会社創業し、時代・年齢的なこともあり事業を譲渡しましたが、常に精一杯やってきたという自負があります。会社を残していきたいという気持ちは強くありましたが、固執することはしていませんでした。結局、流れや縁で成り立ちますし、「縁は大事にしないといけないな」と改めて思いました。もちろん今までも大事にしてきましたが、M&Aで改めて実感しました。矢吹社長は二回り下ですが、良い縁に恵まれたと感じています。
自分自身できるだけ頑張りたい、会社は子供みたいなものですので成長していってほしい、矢吹社長は若いし、頑張っていってほしい、自分と考え方も違うがそこがいい、等、この1年間考えることは色々ありました。自分の中に持ち続けていくものもありますが、時代に合わせて変えていくべきものもあると思います。M&Aを実行し1年が経ち落ち着いてきた今は、経営は任せてしまって、自分は遊ばせて頂こうかな、と思い始めています。

東京大学工学部卒。野村證券株式会社、土木資材メーカーの副社長として経営に参画後、日本M&Aセンターに入社。経営者としての経験をもとに中小企業オーナーの立場に立ったM&Aを提案。2019年度全社MVP・全社最高売上を記録。

業界再編部 部長
物流業界支援室 室長
山本 夢人