コラム

「さくら薬局」の事業再生ADRがM&Aに及ぼす影響

藤森 涼

著者

藤森涼

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 調剤薬局業界専門グループ

業界別M&A
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2022年3月23日(火)に「さくら薬局」の屋号で調剤薬局を展開する株式会社クラフトが事業再生ADRを申請したと、東京商工リサーチが明らかにしました。クラフトは、全国で1000店舗以上の調剤薬局を運営している業界の大手企業です。今回の件が調剤薬局業界のM&A、今後の薬局経営の在り方に及ぼす影響について考察しました。

「さくら薬局」のクラフトが事業再生ADRを申請

株式会社クラフトは、「さくら薬局」の屋号で調剤薬局を全国展開する大手チェーンです。同社は1995年に現ジャスダックへ上場し、その後、2008年4月にMBO(経営陣による自社買収)により、非公開化します。その後、M&Aによる出店を続け、2007年12月の270店舗から、2020年には1000店舗を突破して調剤薬局業界大手に位置付けられるまで業容を拡大させてきました。

しかし、M&A資金など旺盛な資金需要に対応するため金融機関からの借入が嵩み、その返済負担が経営の重荷となっていたと言います。また、コロナ禍により調剤報酬が大幅に落ち込み資金繰りが悪化、リファイナンスの調整も難航し、今回、事業再生ADRの申請に至りました。

負債の額を他社と比較

調剤薬局の大手上場企業とクラフトの売上高・有利子負債を比較すると、下記の通りです。
出典:各社有価証券報告書より日本M&Aセンター作成

売上高に対する有利子負債の比率をみると、クラフトが51.4%と、他社と比較しても、有利子負債の額が高いことが伺えます。また、有利子負債の比率が比較的高い、メディカルシステムネットワーク(31.2%)、日本調剤(26.2%)については、店舗拡大だけでなく、他事業への投資を行っている点が、クラフトとの相違点です。例えば、メディカルシステムネットワークであれば、共同購買サービスやLINEのつながる薬局などを展開し、調剤薬局の店舗数に偏重しない業態へと企業を変化させつつあります。大手上場企業は、店舗数に拘らずに1店舗ごとの質を高める、もしくは周辺業務への投資へとフェーズを移していることが、ここに表れていると言えます。

業界への影響は?

ここからは、クラフトの事業再生ADR申請が及ぼす業界に対する影響について考察しました。ここでは、大きく2点、具体的な影響について記載させて頂きます。

下落が見込まれる譲渡対価

まず、M&Aによる譲渡対価(株価)は下落していくことが予想されます。М&Aを活用した譲り受けで拡大してきた会社が財務不安に陥ったことにより、M&Aによる譲り受けを積極的に進めてきていた会社がこれまでよりも慎重な意思決定を行うようになる可能性があります。

調剤薬局のM&Aにおける譲渡対価(株価)は、「譲渡対価(株価)=修正EBITDA×〇倍+ネットキャッシュ」で決まります。簡単に言うと、「年間に生み出すであろう利益の〇年分+現預金-有利子負債」で譲渡対価は決まり、この倍率は3-5倍を目安に決まることが多いです。

倍率の平均値は年々下がってきており、今回の件を契機に、譲受企業がM&Aに慎重になれば、さらに倍率が引き下がることが考えられます。

そもそも、当社の過去の実績においても、候補先の社数は減少傾向にあり、1社の譲渡企業に手を挙げる候補先の社数の平均は、2016年であれば約7社でしたが、現在は約3社にまで減少しています。この流れが加速していくことになると考えられます。

避けられる親族・従業員への事業承継

親族承継、従業員承継についても、変化が起きる可能性もあります。

次期社長候補であった親族や、従業員が、将来不安から承継を取りやめるケースも出てくるでしょう。

親族や従業員に承継するのでM&A(第三者への譲渡による事業承継)は関係ない、と考えている薬局オーナーの皆様も、将来への備えとしてM&Aは検討すべきと言えます。

今後の薬局経営への影響 ~業界再編の加速、将来的には大手4社に集約~

1000店舗以上の調剤薬局チェーンが事業再生ADRを申請したことは、調剤薬局の業界再編を加速させる一つのターニングポイントになると思います。

クラフトについてはコロナが収まればキャッシュフローに問題はなくなると考えられますので、「さくら薬局が街からなくなる」という事は考えにくいですが、業界再編を推し進めるひとつのきっかけにはなるでしょう。

日本企業は多くの業界が大手4社に集約されています。
調剤薬局業界では、TOP10が占める市場シェアは20%程度で、まだ業界再編の真っただ中と言えます。周辺の業界をみると、医薬品卸については、同シェアが90%で業界再編が既に完了しており、ドラッグストア業界は同シェアが60%以上で中小企業のM&Aはほとんど見られず大手同士の合従連衡が進んでいます。調剤薬局業界も、数年後には中小企業のM&Aが成立しづらくなってくるかもしれません。

常に鮮度の高い情報に触れていることが必要

今回のクラフトの件もですが、業界動向は日々変化しており、伴ってM&Aの情勢も日々変わってきています。重要なのは、最新かつ正しい情報を常に仕入れ、有事の際にすぐに動けるように準備をしておくことです。M&Aは経営戦略のひとつの選択肢にすぎませんが、今回の報道を受け、自社単独での経営に不安を覚えた方や、将来的に譲渡も選択肢に入れておこうとお考えの方については、当社コンサルタントまでご相談ください。

著者

藤森 涼

藤森ふじもり りょう

株式会社日本M&Aセンター/業種特化1部 調剤薬局業界専門グループ

長野県出身。東京大学卒業後、株式会社三菱UFJ銀行にて法人営業やM&A業務に従事し、その後日本M&Aセンターに入社。調剤薬局専門チームにて、主に西日本の調剤薬局のM&Aを担当。

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