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M&Aレポート

【調剤薬局】業界再編M&Aの歴史

2019.8.16

  • 調剤薬局

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調剤薬局業界のこれまでの十年間はまさに激動のM&A時代であったといっても過言ではないだろう。
約59,000軒ある調剤薬局は既に飽和状態を迎えており新規出店も簡単にはできない環境下、各社ともシェアを増やすためにはM&Aという戦略をとらざるを得なくなっている。
調剤薬局業界のM&Aを十年前から振り返る。

調剤薬局業界の業界再編とは

2019年6月、日本調剤が三津原博前社長から三津原庸介新社長に交代し、アイセイ薬局の創業者である岡村氏が薬局業界に復帰、ココカラファインに対しマツモトキヨシとスギが資本提携を仕掛け新聞を騒がせた。業界が大きく動き、ある程度まで落ち着いた業界再編の波に、さらなる動きが加わるのではないかと予想された。

日本調剤の例のような、血縁関係での世代交代という意味においては、阪神調剤も岩崎裕昭氏が代表取締役(専務)に昇格。ファーマライズは秋山氏が代表取締役に就任、クオールも中村敬社長に親族承継した。メディカルシステムネットワークも田中専務に管掌が移りつつある模様。このように、大手調剤が若く意欲的な2代目に引き継ぐ時期に入っているが、これもまた業界再編を促進するきっかけになるだろう。

しかしながら、「業界再編」とはそもそも何なのだろうか。再編が進むと何が変わるのだろう。その答えを持ち合わせている経営者は実はそう多くないかもしれない。

日本M&Aセンターでは、過去28年間で4500件超の企業のM&Aを支援してきた。その中で、さまざまな業界のM&Aの件数がピークになり、そして落ち着いていく様を目撃している。
20年前であれば医薬品卸、タクシー、スーパーマーケット、百貨店、駐車場業界。
10年前であれば、ホームセンター、ドラッグストア業界。
5年前から現在にかけては、調剤薬局、IT、建設、運送業界等が業界再編のピークを迎えている。

過去にピークに達した業界は、その後数年でM&Aの件数は少なくなり、その後増加に転じることはない。
なお、「件数が減る=再編の減速」を意味するわけではない。

M&Aの件数が1番多い時期というのは、企業数の多い年商数億円のカテゴリーが売却しているタイミングのため、M&Aの件数は最も多くなる。それが過ぎると、今度は中堅が大手に売却するタイミング。年商数億円のM&Aというのは少なくなり業界全体のM&A件数も減少する。ドラッグストア業界がその例だ。
しかし大手同士の統合により業界構造がさらに大きく変わることになるため、M&Aの件数は減るものの再編そのものはむしろ加速すると言える。そして再編が進むにつれ中小企業は売却したくてもできない状況に陥る。医薬品卸業界はこの例だ。

中小調剤薬局のM&Aは、5年後にはドラッグストア業界のようにM&A件数が少なくなり、15年後には医薬品卸業界と同じような形に収斂していくと言われている。

調剤薬局業界の15年後の姿?医薬品卸業界を解説

15年後の調剤薬局業界はどのような姿になるのだろうか。それを考えるために、再編の進んだ「医薬品卸業界」の辿ってきた経緯を見ていこう。

医薬品業界は、もともと350社あったところから再編が進み、最終的に4社に統合されるに至った。他社と差別化ができなくなった卸同士の価額競争が激化し経営難に陥る会社が増え、債権をもつメーカー側の意向に沿って再編が進んだ結果だ。

こうした経緯で武田系卸はメディパルに、エーザイ系卸はアルフレッサに、塩野義系卸はスズケンとアルフレッサに統合されることとなった。

それらのメーカーは今も大株主として業界に影響力を及ぼしているのは間違いない。この流れに逆らうように統合を拒んだ地域卸は、メーカーとの取引を停止させられた。一般的には信じられないような事件だ。仕入れ元が売らないというのは、たとえるなら、卸が薬局に薬を売らないようなものだ。

しかしここで一つ考えてみたい。

医薬品卸が薬局オーナーに医薬品の営業をする場面を、近年ではめっきり見かけなくなった。
全国の薬局オーナーとやりとりをする中で、「前年までとれていた薬価差益が急にとれなくなった。」とご相談いただくことが増えた。

これはメーカーと卸で起きた再編の構図が、今度は卸と薬局の関係の中で起きる前兆ではないだろうか。

5年後の薬局の姿 ドラッグストア業界を見る

調剤業界の5年後の姿ともいわれるドラッグストア業界を考察していこう。

2015年まで、業界最大手はマツモトキヨシ。しかし、2016年に、その10年以上前から積極的にM&Aを行ってきたウエルシア、ツルハに抜かれ、マツモトキヨシは業界4位にまで転落。

その後、マツモトキヨシも同様にM&Aを行おうとするが、どうにも苦戦しているように見える。譲渡オーナーからすると、何度もM&Aを行い、実績のあるウエルシアと慌てて乗り出した不慣れなマツモトキヨシ。どちらに安心して従業員を任せられるかは明白である。

だからこそマツモトキヨシは、今後の生き残りをかけて上場しているココカラファインに資本提携を仕掛けた。これはスギ薬局も同様である。

再編がこのステージまで進めば、あとはとんとん拍子に再編は収束する。数店舗のドラッグストアを譲り受けるなら、隣に新規で出店して顧客を取ってしまったほうが早いという判断が合理的だ。中小規模のM&Aは無くなっていくだろう。

業界再編は4社に統合の歴史

歴史を振り返ると、日本企業は、再編が進むと4社に統合が落ち着くことが多かった。

大手財閥がモノとカネの流れを掌握しているからだ。コンビニならば、三菱商事、三井物産、伊藤忠に色分けされるファミリーマートとサークルKサンクスは同じ伊藤忠系なので実は最初から統合されることが決まっていたようなものだ。

調剤薬局で言えば、アインはセブン系、ウエルシアはイオン系、クオールは三菱商事(ローソン)系、総合メディカルは三井物産系、フロンティアは伊藤忠(ワタキュー)系といった具合だ。

調剤薬局業界M&A動向

調剤薬局は2018年の売上ベースで、大手10社で18%のシェアを占める。なお、2009年は9%だった。「たったの9%か」というのが正直なところだ。
しかし、比率で見れば「9年で2倍」だ。つまり、9年後の2028年には18%の2倍の36%、つまり3軒に1軒以上は大手の薬局になっているという目算になる。しかも、再編のスピードは加速度的に上昇するわけだから、実際にはこれ以上のシェアになるだろう。

下記の表は、2013年から地域のトップクラスで譲渡した薬局の一覧だ。日本地図は、それらが存在した県を赤に色付けしている。これを見るとたった7年間で日本地図の約半分が赤に染まっている。ならば次の7年後には、日本地図が真っ赤になっていることも想像に難くない。

これらの企業に共通するのは、譲渡した後も経営者が残ることだ。当社が仲介したトータルメディカルサービス、至誠堂下山薬局本店、リーフ、鈴木薬局、アポテック、永冨調剤薬局はいずれも経営者が残って経営を続けている(アポテック青山会長は退任され、赤石社長が残られている)。
譲渡オーナーの平均年齢も2016年3月以前と2016年4月以降では約4歳の開きがある。若いオーナーが譲渡した後も経営を続けることが多くなっていることを示している。

激動のM&A時代の幕開け。大手中心にM&Aが必要な経営戦略へ

2008年、東邦薬品は全快堂グループ(新潟県、40店舗、28億円)を、アルフレッサHDはアポロメディカル(東京都、47店舗、93億円)を、スズケンがファーコス(東京都、96店舗、154億円)を買収。医薬品卸が積極的に調剤薬局を傘下に収めた。

2009年はファーマライズが立て続けに5件M&Aを実行し、その年をリードしていることがわかる。

次いで2010年には東邦HDがメディカルブレーン(福岡県、18店舗、16億円)を、クオールがティオーファーマシーグループ(中四国地方、25店舗、29億円)を、さらには日本調剤がアイケイファーマシー(北関東、5店舗、37億円)を買収するなど、年商20億円クラスの売却が相次いだ。

業界再編が新たなステージに移ったと言えるだろう。

その後ドラッグストア業界が積極的に調剤薬局に参入し、2012年には10店舗以上の買収案件が複数出現。一気に再編が加速することになる。

ついには2013年にトータルメディカルサービス(JQ)、オストジャパン(札証)がTOBされるなど、上場企業同士のM&Aが起こり良くも悪くも業界を賑わせる結果となった。

これにより一気に再編のスピードが加速。その翌年から地方でトップクラスの薬局も相次いで売却という選択をとるようになった。

2016年には共栄堂(新潟県)、葵調剤(宮城県)、みよの台薬局(関東)など、年商100億円クラスの企業が立て続けに売却に乗り出した。

その後2017年、2018年においても大分県の永冨調剤を始め、いわゆる地域でNo.1の薬局が大手と手を組むことを決断。地方大手と業界トップ層とのM&A件数は増加する一方だ。

こうして振り返ってみると、まず注目したいのは譲渡企業の規模感の変化だ。10億円以下のサイズが多かった時代から、10億円、20億円、30億円、50億円、100億円と、徐々に金額が膨らんでいくのがわかる。

また、譲渡理由も単なる後継者不在やオーナーの高齢化によるいわゆる事業承継型の理由ではなく、より企業を発展させたい、そのために大手の力を借りたいという成長戦略型の譲渡が増えてきているのもたしかである。

そうした譲渡側のニーズが増えるとなると、譲受け側も必死だ。新規出店が叶わず、どういった方法でより地域で発言力をもち、なくてはならない存在、ブランド力をつけていくのか。そのカギはやはり店舗数だ。とにかく数が無いと土俵に上がれない。

条件のピークは過ぎ去った!M&Aニーズのめまぐるしい変化の波

この10年M&Aが非常に盛んに行われてきたといっても、全ての企業が順風満帆というわけではない。上図を参照して欲しい。

M&Aが激化して、譲渡企業が譲渡したいと申し出れば、いつでも譲受け企業が出現してきた時代は2012年~2015年あたりまでだった。

エリア、売上規模をそれほど問われず、大手企業も積極的に店舗数を増やそうとしていた時代だったため、かなりの好条件で譲受け企業が見つかっていた。

しかし、いわゆる「マイナス改定」となってからは風向きが変わる。調剤基本料が処方箋回数や集中率等に大きく関係してくることにもなり、その報酬基準が運営している企業の規模によって全く異なるという現象が起きてしまっていたのだ。

そのため2016年頃から、エリアや規模、集中率等の内容がかなり精査されるようになり、2018年頃からは「譲渡したくても候補先すら見つからない」というケースも珍しくなくなった。

M&Aはタイミングが大切だと言われるが、まさにその通りの状況になった。
ドラッグストア業界は現在では10店舗程度の規模である「地域の薬屋さん」などはM&Aでの譲り受けの対象にすらなっていないのが現状だ。
調剤薬局も譲り受ける対象の規模が徐々に大きくなっていき、ゆくゆくは地域でNo.1クラスの企業しか譲渡できないという時代になるだろう。

10年前からすでに現在の調剤薬局業界の状況を想像できた者は恐らく存在しないのではないか。しかしながらIT化や異業種の参入・国の方針の転換等々、業界の変化のスピードは非常に早く、この流れは止まらない。
今後の動向もしっかりと見極めた上の経営判断が求められる。

調剤薬局業界でM&Aが起こる理由

国に約5.8万店舗と、コンビニエンスストアと同等の店舗数を誇る調剤薬局業界。今、この業界は「再編時代」といえるほど、活発にM&Aが行われ、業界再編が進んでいる。激しい変化はなぜ起こっているのか。

調剤薬局の間でM&Aが行われるようになったのはおよそ16年前のことである。当時年商200億円程度であったアインファーマシーズが年商100億円の今川薬局と一緒になったことが、調剤薬局業界におけるM&Aのスタートであった。特徴としては下記の3つ。

・「業界大手同士」
・「M&A後も看板はそのまま(約15年かけてようやく看板を変えた)」
・「傘下に入るわけではなく一緒に経営していく」

この3つが大きな特徴だ。本件M&Aを皮切りに、調剤薬局業界の上位企業のM&Aは加速していった。

そもそも調剤薬局がM&Aに乗り出す理由は、大きく分けて3つある。

・「業界の特性」
・「売り手側の事情」
・「買い手側の事情」

それぞれ順番に考えていこう。

業界の特性

まず1つ目の「業界の特性」であるが、調剤薬局は「1人の薬剤師が地元の町で1つの薬局を守る」というスタイルが圧倒的に多い業界である。ただ、このスタイルでは調剤も事務も事務所運営もすべてを少人数で担わなければならない。

つまり、人手も資本も限られているため薬価改定などの外的要因に応じて経営を効率化するのは難しいのである。さらに、地域医療に貢献しようとしても、薬剤師の教育や在宅医療などには手を回す時間がなく、質の高い医療の提供がなかなかできないといった悩みを抱えている調剤薬局のオーナーは非常に多い。

一方、一定以上の事業規模があれば、「規模の経済」が機能し、経営も効率化させやすくなる。複数の薬局を抱えていれば、どこかの薬局が災害で被災しても、別の薬局から「ヒト・モノ・カネ」の支援を受け、素早く運営を再開することができる。薬剤師が急に退職した場合でも社内で人をやりくりし、運営を継続することができる。

すなわち、一定の規模があれば万一の事態にも対応がしやすいのだ。仕事を変わってくれる同僚がいれば長期休みを取りやすくなるため、社員への福利厚生も規模が大きい組織であるほど充実させやすくなるといえる。さらに、大手調剤グループには研修施設もあり、教育プログラムがきちんと整えられているため、「質の高い医療」を提供したいといった調剤薬局オーナーの希望を叶えることができる。

売り手の事情

2つ目の「売り手の事情」は薬剤師不足・後継者不足である。

特に規模の小さな薬局では薬剤師を確保するのが難しくなっている。薬学部に6年生が導入されて以降、その傾向が顕著になってきた。薬学部生の間で「医者と同じ6年間学んだのに、小さな町の薬局に就職するのは・・・。」「少なくとも何十店舗は運営しているような企業に入社したい」といったブランド志向が強まっている。
その結果、薬剤師確保に悩む高齢の薬局経営者が増えている。

後継者問題も深刻で、他業種でもいえることであるが、少子高齢化の進行により、「継がせる子供がいない」というケースは年々増え続けている。他業種だと、人材が確保できないため閉鎖するという話もたびたび耳にするが、薬局ではそういう話はあまり聞かない。
むしろ「地域のことを思うと閉鎖はできない」「業務の連携先である医師は70歳80歳になっても頑張っている、うちが閉鎖するわけにはいかない」といった声ばかりが聞こえる。

そこで薬局を存続させるために、第三者に薬局を譲渡するM&Aが行われるのである。

最近では40代や50代のオーナーが、自身は残ったままで、大手のバックアップを受けるという成長戦略型の譲渡も急増している。

買い手の事情

3つ目の「買い手の事情」は、薬局業界の飽和状態だ。

社会保障費削減の流れが明確な中、企業(特に上場企業)は常に成長を求められる。診療報酬の単価が下がる以上、取るべき成長戦略は1つ、新規出店を増やし、顧客をより多く集めて売上を伸ばすことである。

ただし、日本の調剤薬局はもはや飽和状態であるため、新しい薬局をどんどん開設していくという戦略は極めて取りにくいのが現実だ。日本国内で一般市民を対象とした業態の場合、どんな業種であってもおおむね6万拠点で頭打ちとなる。実際、運送会社やコンビニエンスストア、歯科医も、事業所数はそのくらいの数で落ち着いている。そして調剤薬局の事業所数は現在5.8万箇所に達しているのだ。

この状況にあってそれでも上場企業が成長を遂げようとすれば、同業他社のM&Aを行うこととなる。少なくとも、かつてのガソリンスタンド業界のように競合激化を覚悟の上でわりに合わない出店を続け、ライバルも自らも共倒れになってしまうよりは、M&Aによってともに成長を目指すことのほうが現実的である。

上場企業や中堅企業の経営層の多くはそのように判断しており、近年まとまった規模の薬局同士の連携が増えているのはその証拠であろう。

たとえば、四国でトップクラスの規模を誇った西日本ファーマシーや静岡県で屈指の規模を誇ったメディオ薬局はアインファーマシーズに譲渡された。九州北部を中心に調剤薬局を展開するトータルメディカルサービスは札幌市に本社があるメディカルシステムネットワークのグループ会社の一員となった。また、最近では青森県最大規模のアポテックも同様にメディカルシステムネットワークのグループ会社の一員となっている。

今売却された具体例として挙げた薬局は経営上の問題を抱えていたわけではない。いずれも、利益を出していた優良企業ばかりである。それでも、地域医療にどう貢献できるか、従業員にとってベストな選択は何なのか、自社が成長するためにはどうしたらよいか、という観点から、大手グループと連携してやっていくことがベストだと判断して譲渡したのだ。

以上の3つの理由により、今後も調剤薬局M&Aは件数・規模ともにさらに拡大することが予想される。

M&Aによる譲渡を考える理由とタイミング

自己成長の限界

M&Aで企業を譲渡する、という行為のその裏には、自己成長の限界が存在する。独立して成長する頭打ちを見たのだ。若い世代の経営者は、成長意欲も強く、さらに事業規模を拡大したいと考えている。
しかし、薬剤師不足、出店情報不足、資金不足などの課題を理由に思うように成長できないというのが現実だ。中でも、最も大きな要因が薬剤師不足だ。新卒薬剤師のうち70%が上位15社に入社するといわれており、残りの30%をおよそ2万2千社で獲得競争している状態にある。

譲渡を決断するタイミングは報酬改定の前?

オーナー自身の状況によって譲渡をきめるタイミングは異なる。しかしながら、一つ参考にするべきものとして、報酬改定がある。

2018年の報酬改定前に、9,000万円で売却できた薬局が、報酬改定後で6,000万円でしか売却できなかったという事例があった。

この薬局は月間受付回数1,100回程度、集中率は85%、後発加算1と基準調剤加算を算定してた。これが報酬改定後大手調剤グループになると、後発加算がとれない。調剤基本料も下がり、地域支援体制加算もとれなくなり、結果として利益が3割程度減少してしまった。
つまり譲渡対価が、報酬改定で30%も下がってしまったのである。

このオーナーは大手調剤薬局のA社の理念が自社の理念に近く、安心して任せられると考えていたのだが、報酬改定後にはA社からのオファーがなくなってしまう。その次に良いと思っていたB社、C社からのオファーもなく、4番手のD社に譲渡をすることになった。
金額だけではなく、人生をかけて作り上げてきた企業を譲る先が、不本意な相手になりかねない、それこそがタイミングを逸する最大のデメリットとなる。そのため、報酬改定の方針が出る前に譲渡する、ということが鉄則だ。

タイミングを逃さないために

譲渡のタイミングを逃さないために最も重要なことは、不断の情報収集だ。M&Aの手順、企業価値、譲り受け候補先、リスク・注意点等は早めに知っておいて損はない。早すぎることに越したことは無く、遅いと取り返しのつかない事態を招くことになりそうだ。

調剤薬局の現役オーナー様に「M&Aで自身の調剤薬局を譲渡した話をお知り合いから聞くことはありませんか?」と聞くと、多くの方から「聞いたことがない」という回答が返ってくる。しかし、実際には水面下では数多くの企業がM&Aで自社を譲渡し、上場企業の大手企業のグループに入っている。では、なぜ気付かず知らないのだろうか?
それは、M&A後でも、屋号や看板・店舗で働く従業員は一切変わらないケースが多いためである。近所の薬局だったとしても、よっぽど注意深くみていないと、M&Aで起こる変化に気付くことはできない。

調剤薬局業界のM&Aの事例

さて、ここからは実際に当日本M&Aセンターが仲介して成約した調剤薬局業界のM&A事例をご紹介する。
有限会社川田薬局と株式会社メディカルパティオの事例だ。特に譲渡側の川田薬局の立場を中心にお伝えする。
どのような意図で、いかなるビジョンをもって譲渡に踏み切ったのか。あるいは、どのような課題があったのか。
統計では見通すことのできない部分まで可能な範囲で掲載する。

【譲渡企業様】
・企業名 ⇒ 有限会社川田薬局
・業種 ⇒ 調剤薬局
・売上(M&A当時)⇒ 1.2億円
・オーナー様のご年齢 ⇒ 90歳

【譲受企業様】
・企業名 ⇒ 株式会社メディカルパティオ
・業種 ⇒ 調剤薬局
・売上(M&A当時)⇒ –
・オーナー様のご年齢⇒ 50代

慢性的な人材不足から歴史ある薬局が譲渡を検討

埼玉県にある桶川駅を出たところに「おけがわマイン」というショッピングセンターがある。

川田薬局マイン店はこのショッピングモールの1階に位置しており、調剤薬局としては珍しく特定の処方元を持たず地域の方から幅広く処方箋を集めていた。特に夕方になると仕事帰りの患者が増え、薬局に処方箋を渡してから買い物に行き、帰り際の最後に薬を受け取る、という利便性が好評で、地元の多くの方に利用されている。

また処方箋だけでなく、店頭に並んでいる栄養ドリンクや化粧品・OTC医薬品などの商品も、気軽にお客さまに買っていただけるような店舗で、創業当初から愛されてきた。

町のくすり屋さんとして60年以上前に創業

この川田薬局マイン店を運営する有限会社川田薬局の川田茂社長は、今年で90歳と高齢で、後継者問題について常に頭を悩ませていた。

川田社長は薬科大卒業後病院薬剤師を経て、1958年に有限会社川田薬局を創業。町のおくすり屋さんとして一般薬(OTC医薬品)を中心に販売していた。

その後1988年におけがわマインが開業する際、同ショッピングセンター唯一の薬局として川田薬局マイン店を開局し、処方箋調剤業務も開始した。

「患者さんと従業員を第一に考え 、地域医療に貢献する」を経営理念に、創業から60年以上地元の医療を支えてきた。

90歳になる社長の悩み

ショッピングセンターの一階で出入口すぐという好立地条件ではあるものの、一つだけ大きな問題があった。それはショッピングセンター営業日だ。原則365日営業することが出店の条件となっており、毎日朝10時から夜の8時まで店を開けなければならなかった。

社長のご子息も薬剤師であり、管理薬剤師として薬局に勤務していた。

しかし薬剤師不足が叫ばれているなか、薬剤師を多数確保するのは難しく、ご子息が無理を押して働いているのが現状であった。

採用は年々厳しくなり、息子さんの負担が重くなっていることを感じていた社長は、ほかの薬局と提携することを考えるようになり、日本M&Aセンターにご相談いただく運びとなった。

信頼できるお相手を探してほしい

365日営業と慢性的な薬剤師不足から、川田社長はマイン店の事業を他の企業に譲渡することを検討。これまでの薬局としての歴史や従業員を信頼できる企業に託したいということで、日本M&Aセンターを通してマッチング相手をお探しになる。
マッチングしていくなかで、同じ埼玉県に拠点を置くメディカルパティオという会社が手を上げた。

埼玉県で8店舗ドミナント展開しているメディカルパティオは、同じ埼玉県にあり立地条件も良く、多くの患者さんから処方箋を集めている川田薬局の譲受けを希望した。

またメディカルパティオの社長の苗字も同じ “川田”であり、偶然にも同じ名前の薬局であったことも検討のきっかけとなったようだ。

地域に根差した薬局を譲り受けたい

一方で、川田薬局マイン店の譲受を検討していたメディカルパティオは、埼玉の深谷を拠点とし、埼玉でドミナント展開していた。
メディカルパティオの川田社長はドクターとのつながりから出店を続けていたものの、会社の成長のためにも新規で数店舗増やしていきドミナントを強化したいと希望していた。
報酬改定や薬価改定等で今後厳しい経営環境が予測される調剤薬局業界で生き残るために、成長戦略の一環としてM&Aを活用することを検討しておられ、日本M&Aセンターと譲受希望条件を定期的に打ち合わせしていた。
そんな中でエリア・規模・処方内容等、川田薬局はメディカルパティオの希望条件に合致していたというわけだ。

お互いの思いを確認しあったトップ面談

メディカルパティオからの条件を聞いた川田薬局の川田社長は、ぜひ一度メディカルパティオの川田社長と会ってみて、マイン店の譲受への思いを確認したいと意向を示し、満を持してのトップ面談が開かれた。

両社の社長が初めて顔を合わせることとなったトップ面談。両社長の年齢差は40歳ほどと、親子ほどの年齢差がありましたが、同じ苗字ということも助け終始和やかな雰囲気で進行。

譲受企業のメディカルパティオの川田社長は川田薬局の歴史や、川田社長へのリスペクトと、薬局を一緒に成長させたいという熱い思いを伝えた。対する川田薬局の川田社長も、若い社長の気概と勢いに感銘を受け「この会社なら私の薬局を託せる」と確信を持ったそうだ。

かくして、無事にメディカルパティオにマイン店を引き継いでもらうこととなった。

思いを引き継ぎさらに地域に愛される薬局へ

両社の社長の思いを確認しあったトップ面談の後、基本合意・買収監査・最終契約と適切なM&Aのプロセスを経て、川田薬局マイン店はメディカルパティオに譲渡された。

メディカルパティオは長年地域の患者さんを支えてきた歴史、これまでの川田社長の思いを引き継ぎたいということで、薬局の名前は変更せずに譲り受けることになった。

また本件は会社の株式ではなく薬局の店舗のみの事業譲渡であったため有限会社川田薬局という会社は残り続けている。川田社長としても会社も残り、薬局の名前も変わっていないということで自分の思いが新しい時代に引き継がれたということで大変満足されていた。

マイン店を譲り受けたメディカルパティオも、今後厳しくなる薬局業界で生き残っていくため、今までのレガシーを継承しつつ、さらに地域の患者に愛されるような薬局にしていきたいとの思いで経営をスタートしている。

青山学院大学経済学部卒業後、大和証券株式会社を経て、日本M&Aセンターに入社。 入社以来、調剤薬局業界の担当として地域問わず、中堅中小企業のM&Aに取り組む。 2020年3月度全社年間最多成約数を記録。

課長
調剤薬局業界支援室
沖田 大紀