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【不動産業のM&A事例】仕掛け型M&A・プロアクティブサーチ活用とM&A仲介の必要性

業界別M&A
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今回は、譲り受け企業が譲渡企業に対しM&Aの提案を行うことからM&Aの交渉が始まるいわゆる「仕掛け型」のM&Aによる成約事例をご紹介します。当社では年間200組以上のM&Aの仲介をしておりますが、この仕掛け型による成約の割合は1%程度です。それほど仕掛け型でM&Aを成約させるのは難しいことなのです。

しかし、M&Aが活発で、買い手となる企業が著しく多い業界においては、待っていても譲渡案件に巡り合える機会は多くありません。不動産管理業は正にこの業種であり、待っていても案件はそう出てくるものではありません。しかも、自社が業界最大手でない限りは提案を受ける前に業界の大手企業、高い条件でM&Aをしてくれる企業、譲渡企業と親密な企業、などの企業とすでにM&A交渉経験がある場合も少なくありません。

また、1つの譲渡希望企業に対して複数の買い手候補先による入札となることも多く、競争が激しくなっています。そのため、M&Aを重要視している企業は、希望に合致する企業を見定めてあえて仕掛け型のM&Aに取り組み、理想のM&Aの実現可能性を高めようとしています。

仕掛け型のM&Aで、譲渡企業にアプローチ

今回事例としてご紹介する譲り受け企業は、中堅のハウスビルダーのI社です。有力なローコストビルダーとして長年の実績を持ち、盤石な経営をしている企業です。

しかし、これまでの健全な成長をもってしても、将来的な消費税増税、人口・世帯数減少など住宅業界を取り巻く環境の変化と脅威を非常に懸念されていました。そこで、今後業界環境が厳しくなる中で同社が勝ち残るために、土地の仕入れ力の強化、リフォーム分野の強化、ストックビジネスの獲得、この3つが必要とI社の役員は考えたのです。これらはいずれも一朝一夕で獲得できるものではないため、M&Aを検討することとなり、M&A担当の役員から当社へご連絡をいただきました。

I社の社長も交え複数回に渡り打ち合わせを行い、不動産管理業のM&Aを行うことに決まりました。しかし、I社の希望する都市部は多くの企業にとって魅力的な地域であり、案件が出てきたとしても必ず入札になるケースでした。そのため、M&A案件が出てくるのを待ちながら、仕掛け型のM&Aも並行して進めることとなりました。

「プロアクティブ・サーチ」の進め方

日本M&Aセンターでは、このようなM&A競争が激しい業界を中心に、「プロアクティブ・サーチ」という仕掛け型M&Aのサービスを提供しております。初めに行うことは、M&Aを行うに当たっての目的やビジョンを明確にして、M&Aの要件を定義し、プロジェクトメンバー間で共有することです。このプロセスを踏むことで、プロジェクトが手戻りなく進み、相手先が出てきた時もスムーズに交渉を進めることができるのです。

I社の場合は、社長を中心に役員2名、経営企画室2名がプロジェクトメンバーとなり、1か月ほどで要件定義まで完了させました。「業種・業態」「地域」「規模・収益性」「その他の必要要件」などの点でM&Aの対象とする企業の要件を定めていきます。

I社と当社で協議して出来上がった要件を元に、当社が対象となる企業のリストアップを行います。結果、100社を超える企業がリストアップされました。
これらを「第1候補群」「第2候補群」「第3候補群」「対象外」に分類し、まずは第1候補群の中から、約10社ずつアプローチを始めていくこととしました。I社の代わりに当社が候補となる企業の経営者に接触し、今回の提案の背景・狙い・両社のメリットなどを伝えます。最初の10社中8社は、M&Aを検討する意向がありませんでしたが、残り2社はまず話を聞いてみたいとのことで面談に至り提案を行いました。両社とも検討をいただきましたが、事業承継の緊急性もなく、また業績も安定しており、M&Aの必然性を感じられないという理由から、今回の話はこれ以上進められないという結論に至りました。

50社アプローチしてようやく「運命の相手」に出会う

このようなアプローチを10社ずつ進めていき、50社ほどアプローチしたところで、今回M&A成約に至ることとなったJ社に巡り合ったのです。J社は不動産管理を中心に、建築部門・リフォーム部門も抱えており、地域密着で総合的なサービスに強みを持つ企業でした。J社のオーナー社長は60代後半と引退期を迎えていたものの、業績が安定していることもあり、事業承継への取り組みを先送りにしていました。

そのようなところに当社からM&Aの提案があり、真剣に検討するようになったのです。
当社からI社のご紹介とご提案を差し上げるとともに、事業承継の手法としてのM&Aについてご説明させていただきました。突然検討することになったM&Aですが、最善の形で事業承継ができること、想像していた以上の創業者利潤を獲得できそうであること、I社が異業種であるものの、力のある企業であり自社を成長させてくれる期待が持てたことなどから、M&Aの交渉を進めることになりました。

要件に合致したM&Aを実現できる仕掛け型M&A

その後、トップ面談を経て無事成約に至りました。案件の提案を待つ通常のM&Aにおいては自社の希望に合致する案件は少なく、「業種・地域は合致しているが、年商が希望するサイズより小さい」など、要件のうち何かしら希望から外れている場合が大半です。それでも、M&Aを行う元々の目的に適うものであればM&Aを実行に至る例も多くあります。しかし仕掛け型のM&Aの場合は、自社の要件に沿う先に提案を進めていくので、要件に合致したM&Aが実現できるというメリットがあります。
また、譲渡企業にとっても強い意向を持つ先からアプローチをされるので、相乗効果・条件面などにおいても良い結果に至ることが多いのです。

<仕掛け型M&Aの流れ>

  • M&Aの狙い・背景・思いをメンバーで共有
  • M&A要件の定義
  • 候補先のリストアップ
  • 候補先への提案資料の作成
  • 候補先へのアプローチ、提案
  • M&Aの交渉

過去に仲介者を入れずにM&Aを実行した結果、数年後に対象会社を譲渡することになった事例

トップ同士の直接交渉で最初のM&Aを実行

K社は地域大手の不動産管理会社です。地域大手として盤石な基盤を誇っていたものの既存事業のみでの成長に限界を感じており、新たな展開として付加価値の高いサービスを模索しておられました。
そのような中、K社の橋本社長(仮称)は、旧知の仲である設備工事業を営むL社の谷口社長(仮称)が、後継者不在でM&Aを検討していることを知り、興味を持ちました。L社はメンテナンス・点検を得意としていることから、K社業務の内製化を図れると考えたのです。トップ同士の直接の話し合い・交渉により、K社が谷口社長の保有するL社の全株式を買い取り、子会社化しました。

子会社化したL社をなぜ譲渡することになったのか

このM&Aを実行して5年後、橋本社長から日本M&Aセンターに連絡があり、子会社化したL社の譲渡を検討していると相談されました。理由は次の3点でした。

  • 1.M&A時に買収監査を行っておらず、グループ化直後から想定外の債務が発覚。その対応に追われ、統合のスタートがうまくできなかった。
  • 2.統合スタートがうまくいかなかった結果、L社のメイン取引先にK社として食い込みたいという目的も、思うような成果に結び付かなかった。
  • 3.L社のキーマンの引退期が近づいており、その人の実務的な後継者を育てられなかった。

相乗効果が明確で、社員を大切にしてくれる相手を

K社が期待した結果は出なかったものの、L社の業績は安定していたことから、譲り受けたいという企業があるのではと考え日本M&Aセンターに相談されたそうです。
早速、当社でお相手探しを進めることとなりました。譲渡を進める上で、最も時間をかけて検討したことは相手先についてです。橋本社長としては過去にグループ会社を譲渡したことはなく、対象会社の社員に対して後ろめたい気持ちを強く感じていました。そのため、「相乗効果が明確であり、大事にしてもらえる先」を最優先とし、また、社員の気持ちを考え遠隔地の会社から探索をしていくこととしました。

設備工事業界は建設・不動産業界のM&Aにおいて最も人気のある業種の一つであり、複数の譲受け希望企業が現れました。たとえば、地域補完をしたい遠隔地の設備工事業、設備部門を自社に持ち総合管理会社を目指している警備業、販売と設置・施工の一括受注を目指しているセキュリティ機器販売会社、などです。

トップ面談を経て、各社より提示された条件を元にK社の役員会で交渉先を選定することとなりました。提示金額だけでなく、想定される相乗効果・社風・経営基盤など、「L社の社員にとっても最善と思われる先」という観点で検討し、同業の設備工事会社と再度M&Aをすることに決まりました。

M&A実行とその後

M&Aのプロセスは順調に進みました。最後で最大の山場といえるのが「従業員への発表」です。K社・譲受け企業ともに、本件について丁寧に従業員に説明し、納得した上で新体制に移っていただきたいという思いが強く、近くの会議室を貸し切り、業務終了後に全員を集めて説明会を開きました。その場で直接、今回譲渡に至った経緯と今後の体制について説明をし、質疑応答の時間を設け、1時間ほどかけて説明しました。

結果、L社は現在もその譲受け企業のもとで、順調に業容を拡大しています。従業員もM&Aを理由で退職した人は皆無でした。

2つのM&A、違いは?

L社は2回のM&Aを経験しましたが、2つのM&Aの成否を分けた大きな要因は“仲介者の有無”です。最初のM&Aでは、経営者同士の慣れ合いの関係から、「買収監査を行う」「買収監査の検出事項を契約書に落とし込む」「従業員への発表プロセスはきちんと」といったM&A仲介者であれば基本中の基本であることを行わなかったため、M&A実行後に問題が続出することとなりました。

その結果、K社はそれらの処理に苦労し、かつ肝心のM&A後の統合プロセス(PMI)が思うように進まなかったのです。もし円滑にM&A後、ビジネスをスタートできていればK社とL社のM&Aの結果も違っていたかもしれません。仲介者が間に入ることで、聞きにくいこともしっかり確認し、その後のトラブルを未然に防止することができるのです。

成功のためには定石通りのプロセスが重要

不動産業界においては、オーナー経営者の事業承継問題や業界再編からM&Aが活発化しており、多くの会社がM&Aの検討をする機会が増えてくると思います。譲渡・譲り受けどちらの場合も、M&Aを成功させるために重要なことは、M&Aの経験豊富な仲介者・アドバイザーにきちんと相談し、正しい進め方で進めていくことです。
これはL社のような譲り受け企業だけでなく、譲渡企業にも当てはまることです。当社にご相談いただく会社の中には、他社の仲介や直接交渉で進めていたが、次のような理由で破談になってしまったという会社が少なくありません。

  • 交渉の初期の段階で、相手先企業より大量の資料を要求されたので、時間をかけて全て提供したが、その後に曖昧な理由で見送られてしまった。
  • 当初は高い株価の評価をしてもらっていたが、買収監査が終わった後に半値ほどの条件に下げられてしまった。納得がいかないのでお断りをしたが、買収監査の対応で多くの負担を強いられてしまった。
  • 希望する条件で譲渡することができたが、瑕疵があるとのことで、相手先企業より損害賠償を請求されている。

これらはいずれも進め方に問題があるといえます。M&A成約までのプロセスがしっかりと定まっていなかったこと、どちらか一方のペースになっていること、案件化(企業評価、企業情報の整理、事前リスクの把握など)の精度が低いこと、など様々な要因があります。

本連載では様々な事例を紹介してきました。スペースの都合上、限られた情報しかご紹介できませんでしたが、いずれの案件も当事者の様々な決断、多くの利害関係者への配慮、仲介者の工夫・ノウハウなどによって成り立っているものです。それぞれの企業が抱える事情は異なりますが、適切な進め方でしっかりと最善のプロセスを踏めば、オーナー・会社・従業員それぞれの幸せを実現することが可能です。逆に、M&Aは一つ進め方を誤ってしまうだけでも関係者が不幸なことになることがあります。

皆様方におかれましてもM&Aをご検討の際は、貴社の業界のM&Aの実績(成約件数)が豊富な専門家に相談し、適切なアドバイスを受けることお勧めします。

著者

日本M&Aセンター 業種特化事業部コラム制作担当

日本M&Aセンター  業種特化事業部コラム制作担当 

業種特化事業部はIT、建設・設備工事、住宅・不動産、食品、調剤薬局、物流、製造、医療・介護といった各業界に特化し、日々新たな案件に取り組んでいます。各コンサルタントのノウハウや知見を集め、有益な情報発信に努めてまいります。

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